アメリカの医療費が高い4つの理由

前回のブログ記事で書いたように、アメリカの医療費は高額なことで知られています。

では、なぜアメリカでは医療費が高いのでしょうか。経済学的な観点から医療サービスのマーケットを分析することで、なぜ高額なのかがわかってきます。その他、保険制度に伴う事務コストやサプライズな請求といったアメリカ特有の事情もあります。

1.競争原理が働きにくい

競争がきちんと行われる経済の状態とは、消費者(この場合は患者)が、サービス提供者(病院や医者)のサービスの質や価格が事前に判り、消費者が選択します。同時に、サービス提供者は、より多くの消費者を惹きつけるためにライバル他社と競争し、質を高めたり価格を下げたりします。

しかし、医療サービスではこういった競争がきちんと行われず、つまり競争原理が働かない場合が多いです。私たちは、医療提供者の情報を口コミや紹介といった方法でしか持っていない場合が多く、価格も事前に判らないことも多いです。

それで、価格は多少高くてもサービスが悪くても、患者にとっては、特定の病院や医者に行かざるを得なくなります。

2.保険関連で事務費がかさむこと

病院が患者のアポイントを取り付けた後、普通、病院の事務スタッフが保険会社とやり取りして、その患者の医療費が保険でまかなわれるか調べます。また、保険会社がどれだけを支払うのかを決める複雑なプロセスもあります。さらに、患者から保険会社に送られる医療請求書の処理といった事務手続きにかかるコストが膨大になっていることも、医療費を押し上げている要因です。

3.サプライズな請求(医療サービスを受けた後に膨大な治療費が判明)

多くの場合、患者が事前に病院や医師のサービスの価格を見極めることができません。医療行為が行われた後で、びっくりするほど高額な(サプライズな)請求を受けることもあります。

例えば、患者が自分の保険ネットワークにある病院で医療サービスを受けたとします。例えば、アメリカでは無痛分娩が日本よりもずっと普及していますが、無痛分娩の際の麻酔は、その病院にいる麻酔専門医により行われます。その麻酔専門医が実は自分の保険のネットワーク外であったとわかったときには、その患者さんは高額な支払いを要求されてしまいます。

緊急治療室などにかかった場合にこうしたことが起こるケースが多いです。私がアメリカに渡った当初、アメリカ人の同僚から「この国においては、とにかく、緊急治療室には行くな」とアドバイスされたことがります。

4.医療従事者の数が、必要とされる数よりも少ない

医者が医者や医療従事者への法的要求が年々厳しくなり、医療サービス従事者の数が、本来必要な数よりも少ないという事情もあります。例えば、アメリカでは理学療法士はふつう保険が適用されますが、理学療法士として働くための法的規制が厳しくなり、20年前は学位と2年間のマスタープログラムでのトレーニングで良かったのが、今ではほとんどの州で理学療法の博士号が要求されています。また、アメリカでは、医師免許保持者への研修などの基準が厳しいことでも知られています。

社会にとって必要なモノやサービスが少なく供給・提供される状態だと、どうしてもそのモノ・サービスの値段は高くなります。こういった、医療従事者の数が本来あるべき数よりも少ないという事情も、高額医療費の背景にあります。

このように、高額な医療費が多くのアメリカ人を悩ませています。他方、やはりアメリカですから、情報とお金と保険があれば、世界でトップクラスの専門医から治療を受けることもできます。

別の機会に、中東ヨルダンの医療制度についてお話しします。


参考文献:Ryan Nunn, Jana Parsons, and Jay Shambaugh (2020), “A dozen facts about the economics of the US health-care system”, Brookings Institution.