アメリカでは、新型コロナウイルス感染者が200万人を超え(2020年6月23日現在)、死者は11万人超に達しています(注1)。残念ながら州によってはまだ感染が拡大しています。
世界最大の経済大国で最先端医療を誇るのアメリカで、なぜここまで拡大したのかを考えるには、アメリカの社会システムだけでなくアメリカの医療システムについて知ることが役立ちます。特に、貧富の差が激しいアメリカで、低所得層を中心に医療保険に加入していなかったり医療費が高額にのぼることから、感染拡大前からアメリカの低所得層の人々にとっての医療をめぐる状況は厳しいものでした。実際、感染者に対する死亡者数は、低所得地域に住む黒人のほうが白人よりもずっと高いのです。
こうしたことを踏まえ、この記事では、アメリカの医療システムについて、アメリカに12年在住した経験からお話しします。
1.国民皆保険がなく、国民の約10%が医療保険に加入していない
アメリカは、他のほとんどの先進国とは異なり、政府が公的資金で全ての国民に医療保険を提供する国民皆保険を有していません。政府が提供する保険としては、高齢者向けのメディケア、低所得者向けのメディケイドがあります。それ以外の人達は、勤務先が提供するものも含めて民間の保険に加入しています。
こうしたことから、低所得層を中心に、医療保険に加入していない米国人は、2019年現在3千万人に上ります。(注2)
また、今年の新型コロナウィルス感染拡大による経済の悪化で多くの人が職を失い、数百万人が医療保険を失うとも言われています。(注3)
2.オバマケア
2010年に当時のオバマ大統領は、オバマケアと呼ばれる、医療保険加入を全国民に義務付ける制度を創りました。国民皆に医療保険を届けることは彼の悲願でもありました。オバマ大統領の母親アン・ダナムは癌のため52歳の若さで1990年代に亡くなりましたが、彼女の卵巣がんが見つかった時は、それ以前の仕事を辞めて別の仕事に移ろうとしていた時期で、無保険の状態でした。当時のアメリカでは、新たに保険に加入した人が既に持っている病気(既往症)については、保険会社の基準が厳しく、最悪の場合自己負担になることがあります。アン・ダナムは、進行が進んだ癌と闘いながら、医療費のことを心配して、最期の数週間を保険会社とのやりとりに費やしたそうです。こういった悲劇を繰り返してはならないと、オバマ前大統領は訴えてきました。
そうした経緯があって創出されたオバマケアにより、多くのアメリカ人が新たに医療保険を得ることが出来、既往症についても保険の適用がされやすくなりました。
ですが、その後共和党が政権を取り上院・下院とも共和党が多数を握るようになると、オバマケア見直し・廃止けた動きが強くなりました。結局オバマケアは残りましたが、国民全員に医療保険を義務付ける取り決めが廃止され、多くの人が医療保険を失いました。
3.高額な医療費
アメリカの医療費はアメリカ人一人当たりが支払う医療費の支払いは、1980年に比べて、物価上昇による影響を除いても4倍になりました。先進国を比較すると、アメリカの医療費はダントツに高いです。(注4)
医療費がどこに行くかと言いますと、三分の一が病院に費やされ、病院の設備や建物や地代といったものの支払いに使われます。その他、四分の一が医者や歯科医、13%が看護師など、9%が処方箋付の薬の購入です。(注4)
また、大病院では、病院への支払いと医師への支払いは別であることが多いです。例えば、私が2014年にアメリカワシントンDCの病院で第一子を出産した後、私の息子は治療のため新生児集中治療室(NICU)に3週間ほど入院しました。その際、病院から13万ドル(1400万円ほど)の医療費が請求され、その他、医者に払う医療費として1万ドル近くを請求されました。
普通、患者個人の支払い(つまり、保険でカバーされない分)の上限が決まっていて、私が加入している保険では6000ドル(64万円)程度でした。ですので、それ以上は原則として保険会社が支払いました。
4.保険ネットワーク
病院に行く前に、患者が、自分の保険プランがネットワークにいる医者や病院を探さなければいけません。もしネットワーク外の病院や医者にかかってしまうと、保険で賄われる保証がなく、高額な支払いになることが多いです。
5.薬局で薬を購入
日本と同様、医師の処方する医薬品は、医師の処方箋を持って薬局に赴きます。病院側で患者の最寄りの薬局に連絡が行き処方箋が送られることも多いです。顔見知りの医者なら電話一本で薬局に処方箋を送ってくれることもあったので、私にとっては便利な仕組みでした。
このように、アメリカの医療制度は日本の制度とは大きく異なっています。
次の記事では、なぜアメリカの医療費が高額なのかについてお話しします。
(注1)Centers for Disease Control and Prevention
(注2)Congressional Budget Office (2019), “Federal Subsidies for Health Insurance Coverage for People Under Age 65: 2019 to 2029”.
(注3)Financial Times, May 10, 2020, “Millions of Americans to lose health insurance as jobless rate soars”.
(注4)Ryan Nunn, Jana Parsons, and Jay Shambaugh (2020), “A dozen facts about the economics of the US health-care system”, Brookings Institution.
Photo by Martha Dominguez de Gouveia on Unsplash